アサシンクリードオリジンズの内容と当時のエジプトの情勢の解説

 UBIの人気シリーズ『アサシンクリード(Assassin's Creed)』の最新作である『アサシンクリード オリジンズ(Assassin's Creed Origins)』の時代設定は、今までの作品からかなり遡り、紀元前1世紀のエジプトとなりました。しかしながら、紀元前1世紀のエジプトは今日日テレビで特集されているようなピラミッドやスフィンクスが建立された一般大衆がイメージする古代エジプトとは違い、ギリシャ人の王が征服したのち、彼らの王に支配されていた約300年と、その時代がローマ(当時は共和制)という地中海のスーパーパワーによる終焉を齎されようとしているまさに時代の転換点ともいえる波乱に満ちた時でした。

主人公はエジプトのファラオ直属の戦士「メジャイ」として、政治的陰謀の渦中にあるエジプトを悪しき結社から救うため、結社に殺害された己の子供の復讐を果たすため、エジプト中を駆け回ります。結社とは、エジプトの伝統を取り戻すために若き王プトレマイオス13世を陰で操る団体のことなのですが、結社といいファラオといい、今回のシナリオは当時の情勢を理解していないと物語の本質が見えてこないような複雑なものになっています。そのため、今回このブログでオリジンズの内容の解説と当時のエジプトが置かれている状況を簡単に説明したいと思います。

 

 プトレマイオス朝とはBC334年に東方遠征を開始したマケドニアアレクサンドロス大王が拡大させた版図を、のちの後継者たち(ディアドコイと呼ばれる)が3つに分割したうちの一つで、元々存在した古代エジプトの王朝とは違うものです。そのため、王は歴代ギリシャ人が即位し、地中海に面した首都アレクサンドリアギリシャ様式の建築が目立ち、かなりギリシャ化されていることがわかります。ギリシャ人はアレクサンドリアからエジプトのマケドニア化を推し進めていったのですが、エジプト人が持つ伝統を破壊することは少なかったようで、ギリシャとエジプト両文化が入り混じり、互いが存続していたようです。また、語族的にもエジプトはハム語系ですが、ギリシャはインド=ヨーロッパ語系であり、当時のギリシャ人の共通語であったコイネーが公用語でしたが、土着のエジプト人は元々の言葉を話していたようです。

 

 300年近く存続したプトレマイオス朝ですが、末期は国内の派閥による争い、そして台頭するローマ共和国に対する対応で国内は乱れていました。そんな時、世に現れたのがクレオパトラ7世(クレオパトラで知られる女王)でした。彼女はローマとの同盟にこそがエジプトを強くすると考え、ローマからの独立を目指す共同統治者であり自らの弟でもあるプトレマイオス13世と対立します。当時のローマは内乱の一世紀と呼ばれる時代のさなかでカエサル元老院派のポンペイウスが対立していました。元来元老院派と繋がりが強かったクレオパトラポンペイウスを支援しますが、そのポンペイウスプトレマイオス派の一派に殺害されてしまいます。そこで、クレオパトラアレクサンドリアに上陸したカエサルの元へ、趣向を凝らして自分を贈らせました。こうしてカエサルに見初められたクレオパトラは、プトレマイオス13世を倒し、もう一人の弟プトレマイオス14世と共にプトレマイオス朝のファラオに君臨します。つまり、支援者と敵対していた人物を利用して自らの政敵を消し、己の政治的基盤も固めたのです。

 

 主人公達は殺害された息子の復讐のためだけに結社を追いますが、結社はエジプトの神官や王と密接に結びついているため、結果的に様々な人物と出会い政治の世界に足を踏み入れていきます。結社とはローマからの独立を標榜するプトレマイオス13世を陰で操り、自らのエジプトにおける地位を確かなものにしたかった連中でした。彼らは主人公の息子を殺害したために主人公たちと対立しますが、本来エジプトのファラオの戦士であるメジャイは言ってみれば自らの上司(ファラオ)の部下であるため、主人公の息子さえ殺さなければ直接対立することはなかったのでした。そういう主人公達と敵の互いの微妙な立場が、今回のシナリオをスパイスの効いた面白いものにしています。

 

 今作は、1作目から1000年以上も前の時代を扱うだけでなく、様々な新要素が取り入れられた挑戦的な作品となりましたが、単なる悪役と正義の主人公の戦いではなく、個人の復讐や裏切り、政治的欲望と世界情勢が密接に絡み合い、そういった意味でも今まで以上に世界史的なアサシンクリードになっていました。